
片頭痛治療の世界潮流と
袋小路に入った日本(2018年時点)
最近、片頭痛の治療の結果、悪化する患者さんが増えています。これは通常の片頭痛(15回/月未満を反復性片頭痛と呼ぶことがある)に対して、頭痛発作の頓服薬(抑制薬)を服用しているうちに、服用回数が増えて結果的に薬物乱用頭痛になり、慢性片頭痛(15日/月以上)に以降していく場合が30%くらい存在します。
初期の薬物乱用頭痛なら、頓服薬を我慢するなどの策で頻度が減ることがありますが、約半数はその対応では無理で、20日/月以上になってしまいます。特に最近よく使われるトリプタン系の薬剤では、従来の薬剤に比較して、早くその状態に陥ることが国際頭痛学会によって指摘されています1)。
抑制薬とは別に、毎日服用することよって頭痛の回数を減らす予防薬があります。日本では、塩酸ロメリジン(ミグシス®)、バルプロ酸(デパケン®など)、プロプラノロール(インデラル®など)が保険適用になっています。しかしこれらの薬剤は、乱用頭痛に陥ると効かないことが国際頭痛学会が記載1)しています。
トリプタン発売後に調査された薬剤では、いくらか頭痛の回数を減らす薬がみつかり、現在臨床試験が進められているエレルマブ(1 回/ 月注射)でも、4 週後、8 週後、12週後でそれぞれ-2.15日、-1.39日、-2.04日2)に過ぎず、慢性片頭痛から脱却できるケースは多くないと予測されます。
唯一脱却できるのはボツリヌス剤(ボトックス®)のみです。これはもともと顔面のしわ伸ばしの治療をしたとき、患者さんが後になって、片頭痛も軽くなったと申告したという偶然の結果で効果が見つけられました。トリプタンによる乱用頭痛に困っていた欧米では、自費診療として広く取り入れられるようになりました。2010年に欧米の多施設臨床試験にて慢性片頭痛(≒薬物乱用頭痛) に有効性であるとの医学論文が提出され、数カ月以内に米英で国家承認され保険での使用が可能となりました。自費診療が中心のアメリカでさえ国家承認したことは、いかに慢性片頭痛で困っていた患者が多かったか、ということを示しています。発表されたデータ3 カ月おきに5 回 (全経過1 年) 施注後には 20回/ 月の頻度で頭痛があった患者さんが、8.3 日/ 月まで減少3)しています。慢性片頭痛から脱却し、10日/ 月以内となり頭痛抑制薬が安心して使える段階に到達します。
最近では報道によって知られるようになりましたが、アメリカではオピオイドと呼ばれる麻薬性鎮痛剤の中毒の多発が問題となっています。アメリカ神経学会が2014年に、オピオイドは頭痛や腰痛には使用すべきではない4)と警告しています。最近のアメリカでは公的機関も、頭痛にはボツリヌス治療を後押しており、なるべく廉価で治療か受けられるような対応をしているようです。
これに対し、日本では日本頭痛学会が、現場の診療医を対象に、ガイドライン5)を発行しており、その中の慢性片頭痛の項が設けられており、その中で頭痛日数を減らす薬剤が紹介されています。しかしそれらの薬剤は上述した通り、数日/ 月頭痛の回数を減らすのみで20回/ 月の頻度の慢性片頭痛を10回/ 以内の反復性片頭痛にまで減らすことが証明された唯一のボツリヌス治療については言及されておらず、『A 型ボツリヌス毒素は除く』と記載されていることから、学会指導層にボツリヌス施注技術取得者がいないこと、製薬会社からの援助が乏しいことがはっきりしている、などの政治的意図が反映して出版されていることが分かりますが、公益という考えが抜け落ちていることはあきらかです。こうした背景の中で、製薬会社は採算性が得られないとのことで、保険適用拡大のための臨床試験をすでに断念しました。しかし自費診療のみは残っています。
片頭痛は、60歳前後まで続く頭痛ですから、一旦慢性片頭痛に陥るとほぼ一生、頭痛のない日が少ない状態で続きます。通常の片頭痛をトリプタンなどで治療しはじめるのはよいとして、慢性片頭痛に陥った約30% は、ほぼ戻ることが困難なのです。慢性片頭痛の患者さんの多くは、効かないと国際頭痛学会が指摘した予防薬を使い回しされるだけの見込みのない治療を受けているという結果になっています。またそのような状態では抑制薬もあまり効かないため、すでに一部は上記したようなオピオイド系鎮痛薬が処方されはじめてます。これは一時的にある程度効きます。しかし上記した通り、将来的にアメリカに類似したことに陥る可能性は少なくありません。
また効果がないために受診を諦めた患者さんの中には、市販薬を添付文書の指示を越えて過量服用に陥っている例もずいぶん多いようです。市販薬の成分には、すでにアメリカでは禁止になった成分で、かつては自殺によくも用いられたものもあります。
インターネットなどで調べると、頭痛に対するボツリヌス治療を掲げている施設を散見します。技術の深度までは不明ですが、対応施設の存在は朗報です。またある程度の技術取得は可能ですから6)、新規に実施する施設か増えるの歓迎します。
ボツリヌスの重大な副作用として、プロカイン( ショックを起こすことがある) とボツリヌスの両者を注射してアナフィラキシーショックの死亡例が外国で1 例報告されていますが、長引くような重篤な副作用はこの30年間ないとのことです。
ところでやや別の話になりますが、患者を対象にする臨床系の学会が、欧米でも一般化しつつある治療情報を封殺することは、前代未聞と言えます。結果的に患者の権利が損なわれた上に病気が悪化する結果を招いており、確実に民事責任も生じています。一部の法律家はこの問題の調査を開始しており、法的な角度から慢性片頭痛を救済することも進みはじめていることを付記しておきます。
〔文献〕
1) Headache Classification Subcommittee of the International Headache Society.
: The international classification of headache disorder, 2nd edition (ICHD-Ⅱ).
Cepalalgia 24(suppl 1) ,2004.(日本頭痛学会・国際頭痛分類普及委員会・
監訳: 国際頭痛分類第2 版増補日本語版 2007. 医学書院 東京
2) Bigal ME, Edvinsson L, Rpoport AM et al: Safety, tolerability, and efficacy
of TEV-48125 for preventive treatment of chronic migraine: a multicentre,
randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 2b study. Lancet Neurol
http//dx.doi.org/10/1016/s1474-4422(15)00245-8
3) Aurora SK, Winner P ,Freeman MC et al. Research submissions: Onabotulinum-
toxin A of chronic migraine: Pooled analysis of the 56-week PREEMPT clinical
program. Headache 51:1358-1373 2011
4) Fire C: AAN warns against opioid in non chronic noncancer pain. Med Page
Today 30 Sept. 2014
5) 慢性頭痛の診療ガイドライン作成委員会: 慢性頭痛の診療ガイドライン 2013 .
医学書院 (東京) 2013.
6) 寺本純: 頭痛クリニック5 ボツリヌス治療はいまや世界標準
診断と治療社(東京) 2013