課題の対策と現状

欧米では、頭痛を防ぐことが確認されたボツリヌス剤を推奨し、いくつかの医師向けの指導書や医学雑誌などで投与法が示されました。結果として個人差が目立つことがあり、その後ボツリヌス剤の製薬会社が主導して、慢性片頭痛を対象として臨床試験(PREEMPTスタディと呼ばれている) が実施され、2010年に結果が報告されました。

薬物乱用頭痛は頓挫薬を中止することによって改善するはずですが、慢性片頭痛は改善しません。現実に薬物を中止してみるという拷問もどきの対応は困難であり、現実的には薬物乱用頭痛と診断されている多くの患者はすでに慢性片頭痛に陥っていますから、この試験では頓挫薬は中止せず、服用したまま実施した試験でした。

結果的に、3カ月ごとに頭部や頸部に細かくボツリヌス剤を施注することによって、1年後には頭痛の頻度が平均で8回/月少々、すなわち10回以内にまで低下することが証明されました。この論文が公表されると、英国、続いて米国で瞬く間に国家承認となりました。

新興国では、米英日の3極のうちの2極で承認された薬剤は自動的に承認されるシステムになっているのがふつうです。一方日本では、製薬会社から臨床試験実施の申し出がありましたが、日本頭痛学会は関心を示さず、最終的に製薬会社が採算性がないと判断し、開発断念を申し出ました。これにはいくらか学会も慌てたのか、公知申請を当局に出しました。公知申請とは、通常の臨床試験の結果をもって承認申請するものとはことなり、巷で当たり前のように利用されている治療を保険で承認してもらおうという制度です。保険医療が中心の日本では普及しているはずもなく、申請すること自体が無理なのですが、案の定、申請は却下となりました。

一方米国では、オバマケアで低所得層にも医療を広げた結果、廉価にオピオイド鎮痛薬が広がり、それ契機に不法麻薬に走る患者が激増し、現在麻薬中毒の3/4が医療用オピオイドが契機になっています。中国からの不法麻薬が増え、大変な状態になっています。トランプ大統領が2017年に健康に関する非常事態宣言をおこなったのはこのためです。現在では民間保険でボツリヌス治療を受けられるほか、州によってはさらに医療費補助を実施しています。

現在は、日本だけが国家承認がないことになりました。日本の国家承認はほとんどが保険医療とリンクしていますから、誰でも何処でも受けられる診療ではありません。唯一の方法は、この技術を心得ている医師が、医師の自由裁量権(保険適用がなくても合法的に実施する唯一の方法)で自費医療として実施することができますが、対応施設がきわめて限定的です。

この記事を書いた人

寺本 純

1950年生まれ、名古屋大学医学部卒。しびれ、めまい、頭痛など外来の神経疾患を得意とする。著書『臨床頭痛学』(診断と治療社)は国内初の医学専門書で頭痛専門医の必携書となっている。片頭痛、郡発頭痛、肩こりの目立つ緊張型頭痛へのボツリヌス治療を国内最初に実施し、その治療成果を多くの学会、文献で報告している。さらにボツリヌスが末梢神経に作用する点に着目し、肩関節周囲炎や膝関節炎、花粉症にも国内で初めて応用し、優れた成績を医学報告している。現在は名古屋の寺本神経内科でボツリヌス治療を行っている。