注射、採血後の針跡の異常な痛み

注射のイメージ写真

外傷後に、傷の程度とは不釣り合いな痛みが持続することがあります。この痛みは長く続きます。さらに周囲の皮膚温が下がったり、皮膚が萎縮したりすることもあります。診断名としては、複合性局所疼痛症候群(CRPS)と呼ばれるものです。

必ずしも広い範囲の傷ではなくても生じます。最近めだつのは注射、あるいは採血後の針の刺入部に生じるケースです。いつまでもめの部分が痛く、服などに接触すると痛みが強まること、判りにくいのですがその周囲部の皮膚温が少し下がっているなどの所見が見られます。この痛み刺激が脳を介して筋肉に反映されることがあり、筋肉の異常収縮などが見られる結果を招くことがあります。

手元に愛知県の医師会に持ち込まれるトラブルの情報がありますか、平成1年の11月に2件(1件は微妙)、12月に3件が挙げられています。

おそらく現実には表に出ないケースもありますから、国内全体ではずいぶん多いと考えられます。数か月、数年後には徐々に改善していく例もありますが、永年残ってしまうことも少なくありません。

治療法は、マッサージ、理学療法などが挙げられており、対処が早いほどよい、と記した論文もありますが、基本的には治療法はないと結論づけられています。運動機能への波及の結果、手足の動きが廃絶される例があり、裁判で高額な補償の判決になった例が複数あります。

外国ではまだ少数ながら、当初の疼痛部位へのボツリヌス投与によって、痛みが半減以下になることが報告されています。私も針ではありませんが、指の捻挫や皮膚の傷のあとに同様の症状を起こした人に投与したところ、長期にわたって痛みは半減し、やがて気になるほどではなくなった例を複数経験しています。

おそらく針刺し後の痛みでも、一定の効果は得られると思います。針刺し後の症状の人を一人見ていますが、どうしも痛みを起こした部位への注射にはためらいがあるとのことです。まずそんなことを繰り返して起こすことは確率的にあり得ないのですが、ゆっくり説明しています。

あくまで推定ですが、刺入部の痛みはすでに消えてしまい、運動系の症状に移行してしまった場合には、刺入部位へのボツリヌス治療だけでは、十分ではない可能性がありますが、原点となる部位ですから、ある程度効果が得られる可能性も考えています。

CRPSは、きわめてまれとは言え、事前に回避することができないのが事実です。医療事故とは言えても、医療ミスではありません。

しかしトラブルになるのは、治る見込みがないこと、そしてそれ以上に重大なのは、初期での医療機関での対応がよくないことがあります。医療ミスではないということで問題の決着を長引かせてしまう傾向があります。結果的に裁判などで医療側が負けるのは止むを得ない点もあります。

裁判などの経過は別にして、局所的にボツリヌス治療を実施してみるのは、貴重な手段と言えるでしょう。  なお、歯科で抜歯後の痛みかとれない、というケースも少なくないようです。病態的にはおそらくCRPSと考えられます。この場合には、当施設で2例の経験がありますが、いずれもボツリヌス注射で、困らない程度まで痛みが改善しています。

この記事を書いた人

寺本 純

1950年生まれ、名古屋大学医学部卒。しびれ、めまい、頭痛など外来の神経疾患を得意とする。著書『臨床頭痛学』(診断と治療社)は国内初の医学専門書で頭痛専門医の必携書となっている。片頭痛、郡発頭痛、肩こりの目立つ緊張型頭痛へのボツリヌス治療を国内最初に実施し、その治療成果を多くの学会、文献で報告している。さらにボツリヌスが末梢神経に作用する点に着目し、肩関節周囲炎や膝関節炎、花粉症にも国内で初めて応用し、優れた成績を医学報告している。現在は名古屋の寺本神経内科でボツリヌス治療を行っている。