日本での最大の問題点は、製薬会社からの臨床試験の申し出に対して、日本頭痛学会が、事実上その試験を門前払いしたことです。患者を擁する臨床系学会は患者の改善を目指して活動することが大前提です。当然の倫理として誰もがそう考えるはずです。
ところが、どういった考えが背景にあるにせよ、世界で承認された治療法を、ないがしろにして結果的に健康保険で普及できない事態に陥らせたということです。また諸事情で改めて臨床試験を実施することもできない状態になっています。これは、知る権利、良質な医療の受ける権利を学会が恣意的に阻害したものであり、憲法違反と言えます。
また慢性片頭痛に対する治療効果を証明したのは上記した PREEMT スタディが唯一です。他の薬剤では証明されたものはなく、また少なくとも近い将来、ボツリヌスに代わるものが出現するとは考えられていません。
もともと慢性片頭痛は、初発例として現れるものではありません。通常の片頭痛の治療経過として薬物乱用頭痛になり、そのまま慢性片頭痛になってしまうわけです。トリプタン使用者の約 20%くらいが乱用頭痛になり、薬剤の中止だけで元に戻ることはせいぜい半分ですから、残りは慢性片頭痛となります。
これを治す方法が、本当に存在しないのならば残念ながら現代での医療限界と判断するしかありませんが、対応策が国際的に証明・実施が普及されているにも関わらず、わが国ではその状態のまま治療が停止されてしまう状況になっているのは明らかに健康被害であり、学会が改善策を無視するのは医療犯罪と言ってもよいでしょう。
各種予防薬は薬物乱用に陥ったら効果がないことを国際頭痛学会が記載しています。また最近では、抗CGRP系の薬剤が外国で一部発売になっています。日本でも臨床試験が実施されています。作用機序としては新たなものですが、既に報告されている外国の医学論文では、2~3回/月頭痛の頻度を減らすというもので、5~15回/月と比較的頻度の多い片頭痛に対して承認を獲得しようとしているものです。
しかしもっと頻度の多い、慢性片頭痛には仮に効いたとしても焼け石に水と言わざるを得ず、抗CGRP剤は数カ月で効力の上昇が止まることが文献的に確認されますから、決定的な薬剤にはなりません。事実米国でも発売後まもなく売上が低下したようです。
現在、学会ではこの薬剤を誇大に宣伝しており、これを受けた一般会員は、患者さんに対して『間もなくよい薬が出る』などと宣伝していますが、上記の文献からすでにそれが誇大な嘘であることは明らかで、もし発売になったとしても、患者さんが知ることになります。もっとも、それ以前の段階として臨床試験で偽薬との差がなかなか出ない状態に陥っているもようであり、発売まで到達しない可能性も少なくありません。
ボツリヌスの特徴は、すでにしわ延ばしを含め、すでに世界で30年以上の経験が積み重ねられており、長期的に尾を引くような副作用がないこと、投与を繰り返すと累積効果があること、有効のポイントが多焦点であるなどの点で、今後長期的にこれを上回る薬剤は、そう簡単に現れないと言われています。
あえて、これを上回るとすれば、麻薬と近縁であるオピオイドおよび医療用大麻です。最近では先進国ではカナダなど大麻を解禁する国が増えています。アメリカでも州によっては解禁しています。これは、死亡例の多いオピオイドを防ぐための苦肉の策である、と言えます。日本でも大麻解禁を訴える運動があり、違法大麻が増えていますが、いずれにせよオピオイドも大麻もそう簡単には認可されるはずはありません。
しかし気をつけるべき問題として、弱オピオイド系の薬剤はすでによく用いられています。癌に伴う疼痛、手術直後などの急性期の痛みに対してオピオイド系が用いられていますし、これは確かに必要です。
しかし国内の弱オピオイド系の薬剤は腰痛にしばしば利用されており、慢性片頭痛にもかなり利用されはじめています。製薬会社は中毒にはならない、との見解ですが、すでに外国でこの成分による中毒が確認されています。アメリカの神経学会は、慢性疾患にオピオイドを使用してはいけないことをすでにアピールしています。日本ではこの薬剤を好む医師と嫌う医師に真っ二つに別れているようです。頭痛学会のガイドラインにもこの薬剤は挙げられており、薬物乱用にならないように、との簡単が注意のみは記載されていますが、中毒にならなかったとしても、この薬剤を使用すると脱却が非常に困難で時間が掛かることからお勧めできるものではないと考えられます。